判例研究の内容を紹介します。
判例研究では可能な限り実務において、特に請求項、明細書の執筆段階において留意すべき実務上の指針を抽出するように心がけています。判決文から個別の事案について●●すべきであったと考察するのではなく、自分たちが今後気をつけるべき事項を、できるだけ汎用性のある状態で特定しようとしています。判例研究によって自分たちが請求項、明細書を書く際の引き出しを増やすことを目指しています。このブログでは少しずつ記録を残し、弊所の弁理士がどのようなことを考えながら請求項、明細書を書いているか紹介していきます。判決や明細書の引用には、当方の編集が加えられており、原文の通りではない部分があります。また、適宜下線などを加えています。
【判決日】 R1.9.11
【事件番号】 H30(ネ)10006
【発明の名称】システム作動方法
【事案の概要】特許権A(特許第3350773号)、特許権B(特許第3295771号)を有する控訴人が、被控訴人に対して損害賠償を請求した。
【高裁判決】 被控訴人は特許権を一部侵害している。
本事件には沢山の争点がありました。
以下のように4回に分けてブログに記録していきます。
本エントリは3回目、特許権Bの侵害論です。
1回目:特許権Aの侵害論
2回目:特許権Aの無効論
3回目;特許権Bの侵害論
4回目:特許権Bの無効論
【本件発明B1】
A 遊戯者が操作する入力手段と,
B この入力手段からの信号に基づいてゲームの進行状態を決定あるいは制御するゲーム進行制御手段と,
C このゲーム進行制御手段からの信号に基づいて少なくとも遊戯者が上記入力手段を操作することにより変動するキャラクタを含む画像情報を出力する出力手段と
D を有するゲーム機を備えた遊戯装置であって,
E 上記ゲーム進行制御手段からの信号に基づいて,ゲームの進行途中における遊戯者が操作している上記キャラクタの置かれている状況が特定の状況にあるか否かを判定する特定状況判定手段と,
F 上記特定状況判定手段が特定の状況にあることを判定した時に,上記画像情報からは認識できない情報を,上記キャラクタの置かれている状況に応じて間欠的に生じる振動の間欠周期を異ならせるための体感振動情報信号として送出する振動情報制御手段と,
G 上記振動情報制御手段からの体感振動情報信号に基づいて振動を生じさせる振動発生手段と,
H を備えたことを特徴とする,遊戯装置。
【特許権Bに関する控訴人、被控訴人の主張の概要、裁判所の判断の概要】
争点 | 特許権者:控訴人の主張 | イ号実施者:被控訴人の主張 | 裁判所の判断 |
構成要件E,F
|
請求項に、「特定の状況」とは「画像情報からは認識できない」ものであるという限定はない 振動情報制御手段が「画像情報からは認識できない情報」のみを送出するという限定はない |
「特定の状況」とは「画像情報からは認識できない」ものである 「振動情報制御手段」には,特定の状況にあることが画像情報から認識できる情報をも,体感振動情報信号として送出する振動情報制御手段は含まない |
①特定の状況 ②振動情報制御手段 |
本件明細書Bの記載によれば、あるの瞬間において,周囲が画像情報からは認識できない情報を,ユーザのみが振動発生手段の振動によって認識できるのであれば,「周囲にその特定の状況を悟られることなく,自己のみが知り得る秘密の状態の下でゲームを進行していく」という本件発明B1の作用効果を奏する。 |
明細書には周囲の人が画像を見ているだけでは特定の状況を認識できず、遊戯者は,周囲の人に特定の状況を悟られることなく秘密の状態の下でゲームを進行できるという作用効果を奏すると記載 |
周囲にその特定の状況を悟られることなくゲームを進行できると共に、振動を体感的に知得できること振動の発生周期が短くなることで高度な現実感やスリルを味わえるという効果を奏する点に技術的意義がある |
|
ロ号 |
ロ号装置 |
ロ号は霊が近いことを霊の画像やフィラメントで認識でき、その状況が画面から認識できないか否かにかかわらず振動させているから構成要件E~Gを充足しない |
ロ号製品は,いずれも, |
実務上の指針
●「特定の状況」について、裁判所は、「特定の状況が、ゲームの全場面に おいて「画像情報からは認識できない」状況である必要はない。」と判断した。オープンエンドの考え方からすると、全場面で「画像情報からは認識できない」状況であるものに限定されるという主張には無理があると考えられる。
●「特定の状況」について、裁判所は、「特定の状況が、ゲームの全場面に おいて「画像情報からは認識できない」状況である必要はない。」と判断した。しかし、構成要件を充足すると認定されたロ号においては、「霊が近くにいることが画面情報から認識できない」状況で、振動が発生するため、「特定の状況」である「霊が近くにいる」状況は、画像情報から認識できない。このようなロ号が構成要件E,Fを充足すると認定された。従って、事実上、「特定の状況」は、「画像情報からは認識できない」状況であると認定されているようにも思えるが、裁判所は、このように認定したとは明言していない。ロ号においては、「霊が近くにいることが画面情報から認識できない」状況で、振動が発生するのであるから、「特定の状況」において「画像情報からは認識できない」情報を体感振動情報信号として送出する構成を有しており、この結果、構成要件E,Fを充足するという判断は妥当と思えるが、「特定の状況」が、「画像情報からは認識できない」状況に限定されるのか否か、可能であれば知りたかったところである。つまり、明細書で、「周囲にその特定の状況を悟られることなくゲームを進行できる」という効果を述べたことによって構成要件Eについて限定解釈されるのか否か判断されていればありがたかった。このような限定解釈がなされるのか否か確定的なことは言えないが、明細書執筆時に効果の記載と請求項の構成との関係を慎重に述べなければいけないことを改めて考え直すいい機会になった。
●被控訴人は、間接侵害についても主張している。すなわち、「ロ号製品が装填されたゲーム機が振動機能をOFFにした状態で使用されることがあるから,ロ号製品は本件発明B1に係る物の生産に「のみ」用いる物に当たらない」旨の主張を行った。所内でもこのような主張はあり得るのではないかという意見はあったが、裁判所は、「ロ号装置が物の発明である本件発明B1の各構成要件の構成を備えている以上,ロ号装置においてユーザが機器の振動機能を実際に使用するか否かは,ロ号製品が「その物の生産にのみ用いる物」に当たるか否かの判断を左右し得る事情ではない。」と認定した。従って、特許発明に係る物の生産が可能なのであれば、生産後にその機能をOFFにできるか否かは、「その物の生産にのみ用いる物」に当たるか否かの判断を左右しないので注意が必要である。
判例研究の内容を紹介します。
判例研究では可能な限り実務において、特に請求項、明細書の執筆段階において留意すべき実務上の指針を抽出するように心がけています。判決文から個別の事案について●●すべきであったと考察するのではなく、自分たちが今後気をつけるべき事項を、できるだけ汎用性のある状態で特定しようとしています。判例研究によって自分たちが請求項、明細書を書く際の引き出しを増やすことを目指しています。このブログでは少しずつ記録を残し、弊所の弁理士がどのようなことを考えながら請求項、明細書を書いているか紹介していきます。判決や明細書の引用には、当方の編集が加えられており、原文の通りではない部分があります。また、適宜下線などを加えています。
【判決日】 R1.9.11
【事件番号】 H30(ネ)10006
【発明の名称】システム作動方法
【事案の概要】特許権A(特許第3350773号)、特許権B(特許第3295771号)を有する控訴人が、被控訴人に対して損害賠償を請求した。
【高裁判決】 被控訴人は特許権を一部侵害している。
本事件には沢山の争点がありました。
以下のように4回に分けてブログに記録していきます。
本エントリは2回目、特許権Aの無効論です。
1回目:特許権Aの侵害論
2回目:特許権Aの無効論
3回目;特許権Bの侵害論
4回目:特許権Bの無効論
【本件発明A1】
A ゲームプログラムおよび/またはデータを記憶するとともに所定のゲーム装置の作動中に入れ換え可能な記憶媒体(ただし,セーブデー
タを記憶可能な記憶媒体を除く。)を上記ゲーム装置に装填してゲームシステムを作動させる方法であって,
B 上記記憶媒体は,少なくとも,
B-1 所定のゲームプログラムおよび/またはデータと,所定のキーとを包含する第1の記憶媒体と,
B-2 所定の標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて所定の拡張ゲームプログラムおよび/またはデータを包含する第2の記憶媒体とが準備されており,
C 上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータは,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて,ゲームキャラクタの増加および/またはゲームキャラクタのもつ機能の豊富化および/または場面の拡張および/または音響の豊富化を達成するためのゲームプログラムおよび/またはデータであり,
D 上記第2の記憶媒体が上記ゲーム装置に装填されるとき,
D-1 上記ゲーム装置が上記所定のキーを読み込んでいる場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータと上記拡張ゲー
ムプログラムおよび/またはデータの双方によってゲーム装置を作動させ,
D-2 上記所定のキーを読み込んでいない場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータのみによってゲーム装置を作動させることを特徴とする,
E ゲームシステム作動方法。
【特許権Aが無効であるか否かに関する控訴人、被控訴人の主張の概要、裁判所の判断の概要】
争点 | 特許権者:控訴人の主張 | イ号実施者:被控訴人の主張 | 裁判所の判断 |
公知発明1 |
レベル2からのスタートやアイテムの付与はゲーム内容を置き換えるの物に過ぎず拡張ではない 相違点1-1,1-2に加え |
レベル2からのスタートやアイテムの付与は新たな機能をキャラに持たせるものであり、機能の豊富化である。 アイテム付与の際に表示されるメッセージも変わるのであるから場面の拡張に該当する |
|
公知発明1には、後作を単体でプレイしたのでは達成することのできないゲーム内容を楽しめるという作用、機能がないから先行技術と作用機能が共通しない 書き換え可能なディスクを用いる公知発明1に対して書き換えできないROMカセットを適用することに阻害要因がある |
相違点1-1 読み出し専用メディアが公知だから想到容易 相違点1-2 媒体DD1が装填されたという条件のみを所定のキーとしても公知発明1の作用効果は失われないから装填のみを所定のキーとすることに想到容易 媒体を買いそろえていき、複数の媒体を用いてゲームの拡張をする作動方法は周知であった |
DD1を装填しても、レベル16以上のキャラのデータを読み込まなければ拡張ゲームプログラムは起動しない→所定のキーに、媒体の装填は含まれない 相違点1-1,1-2 |
|
公知発明3 |
相違点1-1 公知発明3はROM1,ROM2双方が常に装填されている必要がある 相違点1-2 公知発明3はROM1,ROM2双方が常に装填された状態で起動され、かつ、装填され続けることを条件に拡張ゲームを起動 公知発明3のROMは挿抜できず、入れ替えることなく読み取り可能であるため、入れ替え可能な記憶媒体に適用することに阻害要因がある 公知発明1はセーブデータを使うことに特徴があるため、記憶できないROMを用いた公知発明3に公知発明1を適用することに阻害要因がある |
ROM2が装填→切換キーを読み込んでいる場合、標準+拡張で作動する。
公知発明A1、公知発明3の組合せで本件発明A1に想到する |
動作を検証し、ROM1,ROM2はゲーム装置に装填し続ける必要があると認定 所定のキーに相当するのはROM1が特定のスロットに装填されたという事実のみである ROM1,ROM2の装填の継続は、ゲームを遂行するために必要な動作に過ぎず、所定のキーには該当しない
相違点1 相違点2 相違点3
公知発明3は、相違点2のようにROM1,ROM2の双方を装填している必要があり、この構成を採ることによってゲーム装置が適切に機能しているのであるから、この構成をあえて変更してROM1に記録されたプログラムをROM2にも記録させる動機付けはない。 |
実務上の指針
●阻害要因の主張について
拒絶理由対応の実務において、阻害要因のみに依拠して反論を構成することは少ない。
多くの場合、引用文献と本願請求項の相違点を見つけるか、相違点があるように補正を行い、相違点にかかる構成によって得られる効果が引用文献から予想できないと主張することで進歩性ありの認定を得ようとする。
これ自体は間違いでは無いと思われるが、もっと阻害要因を主張しても良いかもしれない。相違点にかかる構成+効果の主張に加え、阻害要因の主張をするとより効果的と思われるので、少なくとも、全件について阻害要因の存在を検討した方がよい。
セーブデータを記憶可能な記憶媒体を、読み出し専用の記憶媒体に置換することは容易と言われた場合、確かにその通りと考えてしまうかもしれない。記憶媒体の内容を考慮することなく両記憶媒体を比較すると置換容易に見えるかもしれないが、各記憶媒体に記憶されたデータと、そのデータから得られる発明の作用、機能を詳細に分析すれば、置換容易ではないという結論になり得ることが本判例によって示されているので、私たちはおおいに本判例を参考にすべきである。
公知発明3について裁判所は「この構成を採ることによってゲーム装置が適切に機能しているのであるから、この構成をあえて変更してROM1に記録されたプログラムをROM2にも記録させる動機付けはない。」と判断している。「この構成をあえて変更して」相違点にかかる構成を採用する動機付けはない、という主張を汎用的に用いることができるか否か不明であるが、このロジック自体は多くの案件に当てはまりそうである。高等裁判所がこのように判断したのであるから、この判断は審査でも尊重されるべきであり、私たちは、今後、場合に応じてこのロジックを使えるようにしておくべきである。
判例研究の内容を紹介します。
判例研究では可能な限り実務において、特に請求項、明細書の執筆段階において留意すべき実務上の指針を抽出するように心がけています。判決文から個別の事案について●●すべきであったと考察するのではなく、自分たちが今後気をつけるべき事項を、できるだけ汎用性のある状態で特定しようとしています。判例研究によって自分たちが請求項、明細書を書く際の引き出しを増やすことを目指しています。このブログでは少しずつ記録を残し、弊所の弁理士がどのようなことを考えながら請求項、明細書を書いているか紹介していきます。判決や明細書の引用には、当方の編集が加えられており、原文の通りではない部分があります。また、適宜下線などを加えています。
【判決日】 R1.9.11
【事件番号】 H30(ネ)10006
【発明の名称】システム作動方法
【事案の概要】特許権A(特許第3350773号)、特許権B(特許第3295771号)を有する控訴人が、被控訴人に対して損害賠償を請求した。
【高裁判決】 被控訴人は特許権を一部侵害している。
本事件には沢山の争点がありました。
以下のように4回に分けてブログに記録していきます。
本エントリは1回目、特許権Aの侵害論です。
1回目:特許権Aの侵害論
2回目:特許権Aの無効論
3回目;特許権Bの侵害論
4回目:特許権Bの無効論
【本件発明A1】
A ゲームプログラムおよび/またはデータを記憶するとともに所定のゲーム装置の作動中に入れ換え可能な記憶媒体(ただし,セーブデー
タを記憶可能な記憶媒体を除く。)を上記ゲーム装置に装填してゲームシステムを作動させる方法であって,
B 上記記憶媒体は,少なくとも,
B-1 所定のゲームプログラムおよび/またはデータと,所定のキーとを包含する第1の記憶媒体と,
B-2 所定の標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて所定の拡張ゲームプログラムおよび/またはデータを包含する第2の記憶媒体とが準備されており,
C 上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータは,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて,ゲームキャラクタの増加および/またはゲームキャラクタのもつ機能の豊富化および/または場面の拡張および/または音響の豊富化を達成するためのゲームプログラムおよび/またはデータであり,
D 上記第2の記憶媒体が上記ゲーム装置に装填されるとき,
D-1 上記ゲーム装置が上記所定のキーを読み込んでいる場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータと上記拡張ゲー
ムプログラムおよび/またはデータの双方によってゲーム装置を作動させ,
D-2 上記所定のキーを読み込んでいない場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータのみによってゲーム装置を作動させることを特徴とする,
E ゲームシステム作動方法。
【特許権Aに関する控訴人、被控訴人の主張の概要、裁判所の判断の概要】
争点 | 特許権者:控訴人の主張 | イ号実施者:被控訴人の主張 | 裁判所の判断 |
構成要件D | 請求項の文言から、第2の記憶媒体がゲーム装置に装填される場面で「ゲーム装置が所定のキーを読み込んでいる」条件を充足すればよい 条件充足のタイミングは構成要件として特定されていない |
イ号方法では、「所定のキー」を読み込んでいるかに関わりなく、アペンドディスクプログラムによってゲーム機が作動するが、本件発明A1では「装填」→「所定のキーが読み込まれているか判断」→「ゲーム装置の作動」という構成が必須である | 請求項に、「所定のキー」を読み込む時点を限定する記載はない 明細書から、「所定のキー」の読み込みの有無で標準のゲームに加え、拡張のゲームを楽しめる点に技術的意義があると認められる 「所定のキー」を読み込む時期は、「第2の記憶媒体がゲーム装置に装填され」ている場面であれば足りる |
意見書の記載は、プログラム及び・又はデータを読み込む順序や、読み込み・判定のタイミングを本件発明A1の構成要件として特定することを意図した記載ではない | 意見書において、本件発明A1の特徴として、所定のキーが読み込まれているか否かを判定するステップがあることが述べられており、当該ステップの存在が当然の前提とされていた | 意見書の記載は、 ゲーム機が作動する前の時点で「所定のキー」が読み込まれているか否かを判定する構成に限定する趣旨であると理解することはできない。 |
|
構成要件B | 「拡張ゲームプログラム」は、より高度かつ豊富なゲーム内容を実現する「ための」(=「役に立つ」)ゲームプログラムを意味し、 「単独で」高度化、豊富化するものに限定されない |
イ号方法において、アペンドディスクと本編ディスクのプログラムを組み合わせて機能の豊富化等を実施するため、「拡張ゲームプログラム」を包含した第2の記憶媒体は存在しない | 請求項によれば、「拡張ゲームプログラム」は第2の記憶媒体にその全部が記憶されているものを意味する 明細書には、「拡張ゲームプログラム」が第1の記憶媒体、第2の記憶媒体に分かれて記憶されている構成について示唆はない |
「所定のキー」と「拡張ゲームプログラム」とが異なる概念であることは,両概念が相互に排他的・択一的な関係にあることを意味するものではない。 「所定のキー」がゲーム結果等のゲームデータやプログラムの一部を含むことを妨げない(0032) |
イ号方法において、キー情報が「拡張ゲームプログラム」に該当するならば、当該キー情報は「所定のキー」になり得ない。従って、「所定のキー」を包含する第1の記憶媒体は存在しない | 0032の記載は,所定のキーにゲームデータやプログラムの一部を含むことが可能である旨を示したものであって、第1の記憶媒体に記憶されたゲームデータやプログラムを拡張ゲームプログラム/及びデータとして使用することが可能である旨を示すものであるとは理解できない | |
技術的範囲の属否 |
イ-9号等 イ-1号等 |
||
間接侵害の成否 | 本件発明A1及びA2の「準備されており」とは、第1の記憶媒体と第2の記憶媒体がユーザにより購入可能な形で提供されている状態を意味する | 本件発明A1及びA2の「準備されており」とは、実施行為者において各記憶媒体がゲーム装置に装填可能に準備することを意味する | 構成要件D,D-1,D-2の記載によれば、ユーザが第2の記憶媒体のみを保有し、第1の記憶媒体を保有しない場合でも、ユーザにおいて「上記第2の記憶媒体」を「上記ゲーム装置に装填」すると、「所定のキーを読み込んでいない場合」に該当し、「標準ゲームプログラムのみによってゲーム装置を作動させる」ことは可能である |
請求項、明細書の記載において、「準備」とは、「第2の記憶媒体がゲーム装置に装填されるとき」に、実施行為者において第1の記憶媒体を保有することであると解釈すべき根拠となる記載はない。 |
実務上の指針
●方法の発明の記載法
方法の発明において、特別な理由がなければ、請求項、明細書、共に処理順序が限定される記載は避ける。
今回の特許権Aでは問題にならなかったが、「○○のとき」というような、時点であると読まれ得る表現は避けた方が良い。
●データ/プログラムの記憶媒体について
技術的には、データやプログラムが記憶される記憶媒体を各種の態様で実現できる。
従って、出願時に発明のあらゆる態様を想定する事が難しいとしても、データ/プログラムの記憶場所の限定は可能な限り避ける。
例えば、○○データが読み込まれた場合に、○○という処理をするというような書き方をし、プログラムの記憶場所が限定されないようにする、特定のプログラムによって実行されると限定されないようにする、プログラムがどういう特徴であるという記述を避けて処理の内容だけ記述する、など。
また、サーバ、クライアントシステムで、発明に利用するデータがサーバ、クライアントのどちらかに存在していても良いし、データの一部がサーバ、一部がクライアントに存在していても良い事例は多数存在する。このような場合にもデータの保存場所が限定されないようにする。例えば、サーバ、クライアントで実現されても良いし、スタンドアロンで実現されても良いし、データはサーバ、クライアントのどちらに保存されていても良いし、一部がサーバ、一部がクライアントに保存されても良いと書くなど。このような限定解釈回避の記述は、定形にして全案件に記述する。
本件特許0032には、所定のデータがプログラムでも良いという趣旨の記述があり、限定解釈を避けるための配慮がなされている。このような配慮は請求項文言のできるだけ多くの文言で行うべき。本件であれば、所定のデータだけでなく、拡張ゲームプログラムにも同様の配慮ができるとよい(但し、無効審判との関係で、拡張プログラムが第1記憶媒体に記憶されていても良いという主張はできなかったのかもしれない)。
記憶媒体が「準備され」という表現は参考になる。仮に「記憶媒体を準備し、、、、当該記憶媒体がゲーム装置に装填されるとき、、、○○プログラムでゲーム装置を作動させる」と書いてあった場合、文言上、システム作動方法の実施主体が記憶媒体を準備すると解釈される可能性が出てくる。似たような配慮は、装置クレームでも必要である。特定のシステムに必須で含まれる構成要件は「○○部」と表記して良いが、含まれなくても良い構成は「○○部」の特徴部分に記述する。例えば、何かを表示させる機能を有する装置であっても、表示部と一体化されていない態様で流通し得るなら、「○○を表示する表示部を備える装置」とするのではなく、「表示部に○○を表示させる表示制御部を備える装置」などとする。
弊所では不定期ですが所内で判例研究をしています。
判例研究では可能な限り実務において、特に請求項、明細書の執筆段階において留意すべき実務上の指針を抽出するように心がけています。判決文から個別の事案について●●すべきであったと考察するのではなく、自分たちが今後気をつけるべき事項を、できるだけ汎用性のある状態で特定しようとしています。判例研究によって自分たちが請求項、明細書を書く際の引き出しを増やすことを目指しています。このブログでは少しずつ記録を残し、弊所の弁理士がどのようなことを考えながら請求項、明細書を書いているか紹介していきます。判決や明細書の引用には、当方の編集が加えられており、原文の通りではない部分があります。また、適宜下線などを加えています。
【判決日】 H23.1.31
【事件番号】 H22(ネ)10031
【担当部】知財高裁第2部
【発明の名称】流し台のシンク
【事案の概要】本件特許(特許第3169870号)を有する特許権者が本件特許に基づいて、被告が製造、販売、展示するシンクの差止を請求した。
地裁では差止が認められず、高裁では差止が認められた逆転判決。
【争点】イ号製品は、特許発明の構成要件C1を充足するか。
【地裁判決】 イ号製品は、特許発明の構成要件C1を充足しない。
【高裁判決】 イ号製品は、特許発明の構成要件C1を充足する。
【本件発明1】
A1 前後の壁面の、上部に上側段部が、深さ方向の中程に中側段部が形成されて、
B1 前記上側段部および前記中側段部のいずれにも同一のプレートを、掛け渡すようにして載置できるように、前記上側段部の前後の間隔と前記中側段部の前後の間隔とがほぼ同一に形成されてなり、かつ、
C1 前記後の壁面である後方側の壁面は、前記上側段部と前記中側段部との間が、下方に向かうにつれて、奥方に向かって延びる傾斜面となっている
D1 ことを特徴とする流し台のシンク。
本件発明1
イ号製品参考図
裁判所の判断
●地裁
特許権者は、構成要件C1において、「上側段部と中側段部との間が、全長にわたって傾斜面となっている必要はない」と主張。これに対し、裁判所は明細書の記載として以下を引用
1)明細書の記載として以下を引用
目的:
「上側段部と中側段部とのそれぞれに,上側あるいは中側専用の調理プレート等のプレートを用意する必要のない,流し台のシンクを提供することにある。」
課題解決手段:
「後の壁面である後方側の壁面は,上側段部と中側段部との間が,下方に向かうにつれて奥方に向かってのびる傾斜面でつながって,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とがほぼ同一に形成されており,それら上側段部と中側段部とに,選択的に同一のプレートを掛け渡すようにして載置することができる。」
実施形態:
【0010】上側段部、中側段部、傾斜面の具体的構成
【0018】作用効果:内部空間について
【0027】実施形態に限定されない旨の記述
効果:
「上側段部と中側段部とに,選択的に同一のプレートを掛け渡すようにして載置することができる」
「上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易にほぼ同一にすることができる。」
2)出願経過における補正
拒絶を解消するために構成要件C1を追加したことを指摘。
検討内容
構成要件C1はこの課題を解決するための構成であると理解することができる。
明細書には、傾斜面の形状が実施形態に限定されないと記述されている。
地裁では、「本発明は,上述した実施の形態に限定されるわけではなく,その他種々の変更が可能である。…また,シンク8gの後方側の壁面8iは,上側段部8fと中側段部8nとの間が,第2の段部8bを経由して,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる上部傾斜面8pとなっていなくとも,上側段部8fと中側段部8nとに同一のプレートが掛け渡すことができるよう,奥方に延びるように形成されているものであればよく,その形状は任意である。」という明細書の記載に基づいて、後方側の壁面は、「上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易にほぼ同一にすることができる形状のものであればよい」と判断した。
しかし、以下の明細書の記載内容
「後方側の壁面8iは,第2の段部8bから下が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている。」(【0010】)
「後方側の壁面8iは,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面(上部傾斜面8pおよび下部傾斜面8q)となっており,」(【0018】、【図4】)
の記載から、
地裁は、「後方側の壁面の傾斜面が,上側段部の下の第2の段部である8bから下の部分が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっており,その傾斜面は,中側段部まで続き,さらに,中側段部により分断されるものの,中側段部から下の部分まで続くような形態のものであることが理解」できると指摘した。
さらに、地裁は、内部空間について、以下の明細書の記載
「シンク8gの内部空間は,その開口部8jから奥方に広がっている。、、、この内部空間が広くなったシンク8gで,大きな調理器具や食材を洗う等することが楽にできる。、、、内部空間を,開口部8jを通して,シンク8gで調理器具や食材を洗う等の作業をする者は,容易に見ることができる。」
を指摘し、以下のように判断した。
「傾斜面となっている後方側の壁面も,そのような内部空間を形成すべきものであることが理解できる。」
地裁では、以上の明細書の記述と、補正によって構成要件C1が追加された出願経過に照らして、構成要件C1は、
「後方側の壁面の傾斜面が,中側段部によりその上部と下部とが分断されるように後方側の壁面の全面にわたるような,本件明細書に記載された実施形態のような形状のものに限られないと解されるものの,その傾斜面は,少なくとも,下方に向かうにつれて奥方に向かって延びることにより,シンク内に奥方に向けて一定の広がりを有する「内部空間」を形成するような,ある程度の面積(奥行き方向の長さと左右方向の幅)と垂直方向に対する傾斜角度を有するものでなければならないと解するのが相当である。」
と指摘し、被告製品は構成要件C1を充足しないと判断した。
●高裁
構成要件C1について、被告は以下の①②を主張。
①後方側の壁面が,・・・下方に向かうにつれて,奧方に向かって延びる傾斜面」との意義は,後方側の壁面のすべてが,上側段部と中側段部との間において,下方に行くに従って徐々に奥方に向かって延びる傾斜面となっていることを要し,垂直面を含んでいる場合は,同要件に該当しない
②たとえ,「下方に向かうにつれて,奧方に向かって延びる傾斜面である」を呈する形状部分が存在したとしても,それが「棚受の突起の下方」部分である場合には,「後方側の壁面」には該当しない
この主張に対して裁判所は以下のように判断。
明細書の引用カ所は地裁と同等。
構成要件C1は課題を解決するための構成であるという認定に関し、地裁と大きく異なる点はない。しかし、明細書の記載から構成要件C1の技術的範囲を特定するロジックが大きく異なる。
高裁でも根拠として以下を引用している。
「本発明は,上述した実施の形態に限定されるわけではなく,その他種々の変更が可能である。・・・また,シンク8gの後方側の壁面8iは,上側段部8fと中側段部8nとの間が,第2の段部8bを経由して,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる上部傾斜面8pとなっていなくとも,上側段部8fと中側段部8nとに同一のプレートが掛け渡すことができるよう,奥方に延びるように形成されているものであればよく,その形状は任意である。」
しかし、結論は「,後方側の壁面の形状は,上側段部と中側段部との間において,下方に向かうにつれて奥方に向かってのびる傾斜面を用いることによって,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易に同一にすることができるものであれば足りるというべきである」であり、全く逆である。
被告は、リブの下面の傾斜している部分について、これは、棚受けの機能を有する部分であって壁面ではない等の主張をしているが、高裁では、被告製品が構成要件C1を備えている以上、被告主張は失当であるとして一蹴されている。
実務上の指針
●明細書の記載について
高裁の引用部分を分析すると、構成要件C1の限定解釈をしなかった根拠は主に以下の2点が明細書に記載されていたことにある。
(1)上述した実施の形態に限定されるわけではなく,その他種々の変更が可能であるという趣旨の記述。
(2)上側段部8fと中側段部8nとに同一のプレートが掛け渡すことができるよう,奥方に延びるように形成されているものであればよく
(1)は実施形態に限定されないという確認的記載
(2)は発明の思想を作用的に記した記載
これらについて明細書で言及することで、限定解釈を防ぐことができたようだ。
この種の確認的記載や発明の思想を伴った「○○であればよく」という記載は常に書くべきと考えられる。
将来争点になる部分を出願当初から予想するのは難しいので、可能な限り多くの構成要件について、同様の立場で書くべきと考えられる。
●構成要件C1の表現方法について
後方側の壁面は「下方に向かうにつれて、奥方に向かって延びる傾斜面」である。明細書内に限定解釈を防ぐ記述(1)(2)があることにより限定解釈はされなかったが、「下方に向かうにつれて、奥方に向かって延びる」という表現は、直感的には、下方に向かうにつれて、連続的に奥行きが変化し、前後の間隔が徐々に広がっていくと解釈しやすい。
このため、事務所では、このような表現を避けるか、このような表現を使う場合には上述の(1)(2)ような記述を厚く書いておくことにしている。
前者の場合、表現方法として複数の選択肢を常に持っておき、事案に応じて適切な表現を選ぶようにしたい。選択肢としては、特定の2つの位置に着目し、2つの位置のみで関係を述べる方法、例えば、「後方側の壁面の第1位置の奥行き長が、第1位置よりも下方の第2位置の奥行き長より短い」と表現する方法が挙げられる。他にも、「下方に向かうにつれて、奥方に向かって延びる傾斜面を含む」という表現が適切であるかどうかも検討したい。
週末(7月15~17日)の間にブログを書こうと思っていたのですが、運悪く特許庁のJ-PlatPatがメンテのため使えず、書こうと思っていた記事に必要な情報を入手できない。他にも週末にJ-PlatPatを使ってやることがあったのですがそれもできない。ちょうど、有料の特許データベースの契約を検討中だったのですが、そちらが加速しそうな感じです。
気を取り直して、J-PlatPatが使えなくても書ける記事を急遽模索してみました。ちょっと安易ですが、日本の特許データベースがだめなら米国の特許データベースを使って書ける記事にします。
今回は、STAP細胞の米国特許について取りあげます。STAPというのは、刺激惹起性多能性獲得(Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency)のことで、少し前に大いに話題になったものです。
あのときは論文の内容の信憑性が話題になりましたが、もちろん特許出願もなされており、米国や日本も含めて9か国に出願されているようです。STAP細胞についての米国特許出願(14/397080)の状況をUSPTOのPAIRで調べたところ、このような記録(重要なイベントのみ抜粋)となっていました。
10-24-2014 Transmittal of New Application
01-08-2015 Preliminary Amendment
07-06-2016 Non-Final Rejection
01-06-2017 Affidavit-traversing rejections or objections rule 132
01-06-2017 Applicant Arguments/Remarks Made in an Amendment
05-18-2017 Final Rejection
06-30-2017 Applicant Initiated Interview
最初の拒絶理由通知に応じて意見書と発明者(バカンティ氏)の宣誓供述書が提出されました。しかし、審査官の心証は覆らず、2017年5月18日にファイナルの拒絶理由通知が出されました。
最初とファイナルの拒絶理由通知で審査官が使用した根拠条文は以下のものです。
【35U.S.C.112】(a)The specification shall contain a written description of the invention, and of the manner and process of making and using it, in such full, clear, concise, and exact terms as to enable any person skilled in the art to which it pertains, or with which it is most nearly connected, to make and use the same, and shall set forth the best mode contemplated by the inventor or joint inventor of carrying out the invention.
【35U.S.C.101】Whoever invents or discovers any new and useful process, machine, manufacture, or composition of matter, or any new and useful improvement thereof, may obtain a patent therefor, subject to the conditions and requirements of this title.
【35U.S.C.102】A person shall be entitled to a patent unless
(b) the invention was patented or described in a printed publication in this or a foreign country or in public use or on sale in this country, more than one year prior to the date of the application for patent in the United States, or
審査官はSTAP細胞の論文が取り下げられたことや否定的な再現試験の結果を当然知っており、112条(明細書が実施可能要件を満足しない点)と101条(発明がうまく働かない結果、有用性が認められない点)について突いてきています。これだけ発明の再現性(反復可能性)について否定的な状況だと見過ごすわけにいかなかったのでしょう。こういう事件を担当する審査官は大変ですね。
ちなみに、私が担当した案件で一度だけ日本の審査官に『このような発明品は実在しないから発明が不明確であると』と指摘されたことがあります。出願人もまじめに出願しているのだから『実在しない』なんて失礼にも程があると憤りを感じましたが、証拠写真を提出して『本当にあるよ!』と反論して済ませました。バカンティ氏の宣誓供述書も概ね『STAP細胞は本当にあるよ!』という内容なんだと思いますが、簡単には信用してもらえないということのなでしょうか。
話をSTAP細胞の拒絶理由通知に戻すと、102条についてはiPS細胞の中山先生の特許(MEF細胞を毒素(toxin)に曝すことで多機能細胞が生成できるとの記載)が引用されています。ちなみに最後に行われたメインクレームの補正は以下の通りで、哺乳動物体細胞に与えるストレスの一つとして毒素(toxin)を含んでいます。
以上のようなファイナルの拒絶理由通知の後のイベントとして、ついこの前の6月30日に『Applicant Initiated Interview Summary (PTOL-413)』というステータスが記録されていました。このInterview Summaryを見てみると、以下のような記載となっていました。
Applicant’s representative discussed the retracted publication by the applicant’s and potential narrowing claims. The examiner agreed with that the narrowing claims might overcome the enablement rejection depending on how much the claims narrowed and what is in the specification.
電話インタビューの結果、クレームを減縮することにより拒絶理由が解消し得ることに審査官が同意しているようです。102条についてはクレーム減縮が有効であるように思います。しかし、112条と101条の拒絶理由の適否は、STAP細胞の再現性にかかっており、クレーム減縮で解決できるような質のものでないように思います。また、電話インタビューの記録にあるように、拒絶を克服できるか否かは『depending on・・・what is in the specification』となっています。いまさらニューマターを導入することなく、明細書の記載をどうにかできるのか疑問に思います。
どのようにクレーム減縮がなされるのか、本当にクレーム減縮で拒絶理由を解消できるのか非常に気になるところです。
ここのところ、有名日本企業が米国ITCにて特許侵害の原告や被告になっているニュースを立て続けに見ました。ニコンが被告となったニュースやソニーが被告となったニュースもありましたし、ソニーが原告で富士フイルムが被告という有名日本企業同士が対決しているというニュースもありました。
なんだかすごそうだということで、ITCについて簡単に調べてみました。
ITCは、米国の国内産業の保護を使命とする機関であり、知的財産に関する問題に限らず、貿易に関する問題について調査責任を持つ準司法的な政府機関です。ITCは、関税法337条(https://www.usitc.gov/intellectual_property/about_section_337.htm)に基づいて、侵害輸入品が米国に輸入されることを税関に停止させるための排除命令を出すための調査(準司法的な手続)を行います。この調査は、大統領が任命した6名の委員による委員会と、行政裁判官(AIJ)によって行われます。行政裁判官が審理した内容の可否を、最終的に委員会が判断する審理構造となっています。
ITCは、米国の国内産業の保護を使命としていますので、排除命令を受けるためには原告が対象特許等に関連する米国国内産業を有しているかその準備中であることが必要になります。そのため、いわゆるパテントトロールを含むNPE(Non-Practicing Entity)は排除命令を受けることが困難なようです。従って、NPEによるITCへの提訴の割合は、地裁における侵害訴訟よりも遙かに少ないようです(https://www.usitc.gov/intellectual_property/337_statistics_number_...)。ただし、上記URLの統計のようにNPEによるITCへの提訴は0ではなく、以下の事件のように複数の日本有名企業がNPEによって提訴されてしまっているケースもあります(https://pubapps2.usitc.gov/337external/3727)。
陪審員制ではなく、知的財産の専門家による調査によって16ヶ月程度(https://www.usitc.gov/intellectual_property/337_statistics_...)の短期間で決定がなされる点等において、ITCは米国の地裁に侵害訴訟を提訴するよりも優位なようです。もちろん、ITCでは輸入の排除命令による救済が受けられるに留まりますので、損害賠償や輸入以外の実施行為の差止を希望する場合には、地裁に侵害訴訟を提起するしかありません。2016年においては、地裁が約4500件に対し、ITCが54件に過ぎません。それでもITCの被告となる日本企業は米国に輸出を行うような企業に限られますし、原告となる日本企業は米国に製造拠点等を有する企業に限られますので、ニュースに出た場合のインパクトは大きくなりますね。
次に、これまでITCに日本企業がどれぐらい関わってきたかについて調べてみました。ITCのホームページ(https://pubapps2.usitc.gov/337external/)には2008年10月以降の事件のオンラインデータベースが公開されており、簡単に検索をすることができるようになっています。2008年10月よりも前の事件についてもリストをダウンロードできるようになっています。
下のグラフは、原告と被告が日本企業となっている事件の数の推移を示しています。
比較のために日本(JP)だけでなく、中国(CH)とドイツ(DE)のデータも載せています。これは当然のことですが、米国の国内産業を保護する日本と中国とドイツのいずれの企業も原告よりも被告になる事件の数が多くなっています。日本と中国の企業が被告になった事件の数がドイツの企業よりも多く、日本の企業は中国の企業と同様に標的にされている印象を受けます。一方で、日本は、中国やドイツよりも原告となった事件の数が多いことが分かりました。国内での侵害訴訟件数が他の国と比較して少なく、日本企業はおとなしい印象がありましたが、踏ん張りどころ(米国市場)では踏ん張っているのだなあと実感しました。
前回から間があいてしまいましたが、プログラム著作物の争点の最終回(その5)を書きます。
これまでの話(その1~4)の概要は以下のとおり。
今回(その5)は、以上のお話のおさらいとして、「混銑車自動停留ブレーキ及び連結解放装置プログラム事件」(知財高裁 平成21(ネ)10024号)を紹介させてもらいます。この事件は、一審でプログラム著作物としての著作物性が認められ、控訴審でそれが覆されたという事件です。また、特許との関係について判断されています。
プログラム著作物として著作物性があるか否かは、『プログラムに著作物性があるといえるためには,指令の表現自体,その指令の表現の組合せ,その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅が十分にあり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性が表れているものであることを要するものであって,プログラムの表現に選択の余地がないか,あるいは,選択の幅が著しく狭い場合には,作成者の個性の表れる余地もなくなり,著作物性を有しないことになる。』という考え方で判断されているのが最近の傾向です〔例えば(その4)で紹介した「宇宙開発事業団事件」(知財高裁 平成18(ネ)10003号)〕。
今回の「混銑車自動停留ブレーキ及び連結解放装置プログラム事件」の一審・控訴審もこの考え方に沿って判断がされていますが、より突っ込んだところで判断が分かれました。
一審では『・・このような車両の連結・解放・ブレーキ操作の方法・装置は,特許を取得する程度に新規なものであったことから,これに対応するプログラムも,当時およそ世の中に存在しなかった新規な内容のものであるということができる。したがって,本件プログラムは,DHL車の部分及びTC車の部分を併せた全体として新規な表現であり,しかも,その分量(ソースリストでみると,DHL車の部分は1300行以上,TC車の部分は約1000行)も多く,選択配列の幅が十分にある中から選択配列されたものということができるから,その表現には全体として作成者の個性が表れているものと推認することができる。』と判断されました。ソースコードによって実現される機能が特許的に新規であり、そのソースコードの量も膨大だから、プログラム著作物としての著作物性が認められるというのが一審の判断です。
これに対して控訴審では、『もっとも,1審原告は,本来,ソースコードの詳細な検討を行うまでもなく,本件プログラムは著作物性を有するなどと主張して・・・本件プログラムのいかなる箇所にプログラム制作者の個性が発揮されているのかについて具体的に主張立証しない。したがって,DHL車側プログラムに挿入された上記命令がどのような機能を有するものか,他に選択可能な挿入箇所や他に選択可能な命令が存在したか否かについてすら,不明であるというほかなく,当該命令部分の存在が,選択の幅がある中から,プログラム制作者が選択したものであり,かつ,それがありふれた表現ではなく,プログラム制作者の個性,すなわち表現上の創作性が発揮されているものであることについて,これを認めるに足りる証拠はないというほかない。以上からすると,DHL車側のプログラムには,表現上の創作性を認めることはできない。』と判断されました。ソースコードのどこに選択の幅があって、その選択に創作者の個性が表れていることを具体的に立証していないから、いくら特許として新規性があってもプログラム著作物としての著作物性が認められないというのが控訴審の判断です。
この事件において、プログラムが新規な機能を有することは、プログラム著作物としての著作物性を推認する根拠にすらならないと判断されたことになります。プログラムが特許となる程度に新規であることと、プログラム著作物としての著作物性があることとは、無関係であるということが念押しされた判決であると言えます。プログラムの保護に対する著作権法と特許法の考え方の相違が顕著に表れた判例だと言えます。
プログラムは特許法だけでなく著作権法でも保護されるという印象があり、それ自体は間違いではないのですが、需要者が求めるようなプログラムの新規な機能については特許法でのみ保護されることに留意すべきです。5回にわたってこのテーマを書きましたが、プログラム発明について特許出願をする必要性を改めて認識させられた考察となりました。
一旦、このテーマは終わりますが、コードに選択の幅があるなかで、どのようなコードを選択した場合に創作性が認められるかについて、引き続き調べてみようと思います。
弊所はマドプロ(マドリッド協定議定書(標章の国際登録に関するマドリッド協定の1989年6月27日にマドリッドで採択された議定書))の外内案件も扱っています。マドプロの外内案件というのは、概ね、日本の特許庁が出した暫定的拒絶通報を撤回してもらうための中間処理のことを意味します。暫定的拒絶通報における拒絶理由の根拠は日本の商標法であり、反論する相手も日本の審査官であるため、われわれ日本の弁理士の出番ということになります。マドプロということで特別な感じもしますが、業務の内容は国内の拒絶理由対応と別段変わるものではありません。
ただ一点だけマドプロ特有だと思うことがあります。それは、マドプロの場合、自らの支配下にある先願先登録商標を引用して4条1項11号で拒絶されるケースが国内の案件よりも多いということです。つまり、先願先登録商標が自らの支配下にあるにも拘わらず、特許庁において他人の先願先登録商標であると判断された結果、4条1項11号で拒絶されるケースが多いように感じます。
その原因の一つに、先願先登録商標の移転登録や住所変更のやり忘れが挙げられます。権利の承継や住所変更があっても、外国の権利者がなかなか日本の商標権の登録情報までアップデートしきれていないというのが実情なのでしょう。特に一般承継において海外の知財権の処理まで気が回らないというのは仕方がないようにも思います。
そんなことで、暫定的拒絶通報を受けてから慌てて権利を同一人に帰属させるための移転登録手続をしないかん、ということになるわけです。マドプロで暫定的拒絶通報を受けた出願人は先願先登録商標もマドプロを利用していた場合が多いため、多くの場合、先願先登録商標としての国際登録の名義人の変更手続をすることになります。その段階で、名義人の変更について規定しているマドリッド議定書9条を読むことになるのですが、不思議と条文の記憶が鮮明なのです。理由として思い当たるものは、だいぶん昔に受験した弁理士試験の短答式試験しかありません。
ということで、過去問を見てみました。その結果、マドプロの名義変更に関する問題は最近の9年間(H21~H29)のうちの6年で8枝も出題されていました。
・H28-問10枝4
・H26-問11枝ハ,ニ
・H24-問10枝3
・H23-問14枝4
・H22-問19枝1,4
・H21-問5枝イ
こんなにも出したら誰も間違えないでしょーという頻出度です。なぜ記憶が鮮明だったか納得がいきました。
と、同時に、意外(と言ったら失礼かも知れませんが)と実務のことを考えて作られてたんだなあと、弁理士試験のありがたみを感じました。
受験される皆様におかれましては、無駄な知識の詰め込みが多いように感じることもあることと思いますが、このように将来ふと役に立つこともあるので、マドプロは捨てた!などと言わずに取り組んで頂ければと思います。
十周年の記事(⇐ リンク)で宣言したとおり、仕事が少なそうな時期を見計らって海外出張をしてきました。今回は、ほぼ一週間にわたって中国を訪問してきました。そのなかでいくつか感じたことを、書こうと思います。帰りの飛行機のなかでこの記事を書いており、ビジネスマン気取りですが、もちろん席はエコノミーです。
ある企業で10名ぐらいの知財担当者の方たちと面談をしました。そのメンバーのすべてが2,30代であったように感じます。みなさん、ものすごく熱心かつ活発であり、日本からやって来た私に対して質問が絶えませんでした。中国の知財の将来は明るいように感じました。
また、知財部門のマネージャやディレクターにも年齢の若い方が見えたことに驚きました。大企業のマネージャやディレクターでも自分(40歳)とそれほど年齢が変わらないかもというような方も見えました。中国において知的財産業務はまだまだ日の浅い業務だからでしょうか。あと、日本よりも女性が多いように感じました。
特に、日本の知財制度の“ネガティブな側面”についてはよく知ってみえます。『質問が絶えませんでした』と先に書きましたが、具体的には日本の知財制度のネガティブな側面についての質問が絶えませんでした。
侵害訴訟のことをよく質問されました。侵害訴訟の数が少ないこと、原告の勝訴率が低いこと、無効の抗弁のこと、損害賠償額が低額であること、3倍賠償ルールがないことなど、あまり聞いて欲しくないことをよく聞かれました。聞かれた以上は、答えざるを得ませんでしたが...
挙げ句、シフト補正についても聞かれてしまい、これには苦笑せざるを得ませんでした。痛いところを突いてきます。それ、こっちだってJPOさんに文句言いたいよ。
あくまでも個人的な意見ですが、日本で侵害訴訟の数が少ないことは決して悪いことだとは思っていません。侵害訴訟の数が少ないからといって侵害が横行しているとも思いません。つまり、侵害訴訟によらなくても侵害が抑止できている日本独自の均衡感みたいなものがあるのだと思います。
日本の製品マーケットはUS,EUと比べると小規模なので、日本の知財は、投資する価値があるか否かの当落線上にあるのだろうなと感じました。とにかく、今回、外国からの目線で日本の知財制度を考えるよい機会になりました。
もっといろいろ書こうと思ったんですが、そろそろ着陸態勢に入るので、このあたりで止めます。やはり中国は近い。時差も少なく気軽に行くことができる国ですね。